「ソト」から見たおおあらいVol.2(児玉敏雄様)
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構理事長 児玉 敏雄(Kodama Toshio) 1951年生まれの京都府京都市出身 |
魅力がたくさん 大洗
大洗町の皆さんこんにちは。国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(以下、「原子力機構」と書きます。)理事長の児玉敏雄です。日頃から私どもの業務にご理解をいただき、まことにありがとうございます。
さて、私は兵庫県で社会人生活をスタートして以来、その大半を関西で過ごしてきたため、原子力機構の理事長に就任するまでは、大洗町の訪問は数回しかありませんでした。理事長就任後は、度々、大洗研究所を訪問していますが、若手職員からは町の魅力として、海水浴、サーフィン、潮干狩りといった海のレジャーや、水族館、キャンプ、人気アニメの聖地巡礼などの声が上がります。一方で、ベテラン職員にとっては、しらす丼、鮟あ んこう鱇、蛤は まぐりをはじめ、地元でとれる新鮮な食材を使った美味しい料理のお店や、ゴルフ、由緒ある神社などが定番のようです。また、子育て世代の職員からは、大洗町の教育環境の充実を挙げる声は本当に多く、サイエンスカレッジや、原子力教育推進研究委員会の取組みに微力ながら協力している原子力機構としてもうれしい限りです。
他方、転勤で研究所を離れた職員を中心に、古巣である大洗町に戻りたい、大洗町は研究開発を行うための生活環境として素晴らしいという声を頻繁に耳にします。バラエティに富んだ大洗町の魅力は、そのまま大洗研究所の研究開発フィールドとしての魅力にも繋がっており、私ども原子力機構も、安全・着実に事業を進めることで、大洗町の誇りになれればと考えています。
冒頭では「原子力機構の」、と自己紹介しましたが、大洗町の皆さんにとっては「大洗研究所の」としたほうが、馴染みがあるかもしれません。大洗研究所は50年以上前に、土地を所有する地域の方々から、国策に協力するという思いと、原子力研究開発に対する期待を持って土地をご提供いただき、研究がスタートしました。昭和42年4月に日本原子力研究所の大洗研究所が設置され、昭和43年3月のJMTRの初臨界、昭和52年4月の高速実験炉「常陽」の初臨界、平成10年11月のHTTRの初臨界など、日本あるいは世界の新型炉研究開発をリードしてきました。改めて、「原子の火を育て」という町民憲章に恥じぬよう、日々の努力を積み重ねてまいりたい、そういう思いを強くしたところです。昨年公表した、原子力機構が将来何を目指すのかを示した将来ビジョン「JAEA2050+(ぷらす)」に沿って、試験研究炉の早期の再稼働に向けて取り組んでいきます。
さて、堅苦しい話を書いてしまいましたが、大洗町の魅力に話を戻します。私個人としては、さすがにサーフィンは難しく、ゴルフもご無沙汰、となるとやはり「食」でしょうか。今年の冬は鮟鱇鍋をいただき、地酒を堪能しながら大洗町の魅力に浸りたいと思っています。